プロフィール

広告

#秋田

#薬剤師20年

秋田生まれ,秋田で育ち、仙台、大阪、東京と過ごしました。

29歳の時に祖父の死、母の病気をきっかけに、故郷にもどりました。

日々、淡々と過ごしていました。

家族とともに住み、独身にありがちな普通の生活です。

そんな私に転機が訪れます。

きっかけは、気の合わない職場の同僚から「離れたい」という気持ちでした。

そのとき私は35歳でした。

恋もうまくいかず、結婚も程遠い状況でした。

職場の気の合わない同僚に対し、「あんたが嫌いだから仕事辞める」と言えません。また嫌いな人が現れたらまたやめるのか?また同じこと起きるんじゃないのか?自問自答する日々。

違う。
こんな理由ては辞められない。

ある、お盆の夕方ごろでした。
窓のほうから、ふっと風がふきました。
その風が一瞬のうちに私のこれからを決めました。

「ここで仕事するのも悪くないな」

家業を続けていく決心がつきました。
一瞬の出来事でした。

#経営10年

#双子のママ

狂い始めた私の歯車
大学の後輩夫婦が「先輩独立したらいいじゃ~ん」と話を持ってきました。
彼は4年下の中のいい後輩なんですが、独立して多店舗を経営しながら薬局経営コンサルタントという仕事をしていました。
それが、2008年8月の話です。
2009年平成21年4月に独立し開業しました。
この間わずか半年でした。

お金借りるのも、自己資金600万銀行から600万計1200万でスタート。
この自己資金600万は母がためてくれていたお金した。
母親が私が就職した時から10%仕送りしろとかたくなに守らせていたお金です。私は母はそのお金を使ってると思っていました。が、母は結婚資金になればと貯めてくれたお金でした。
銀行からも簡単に融資が進みます。銀行が家の隣ですし、病院の入金先が隣。事業計画書も書類も交渉してすんなりうまくいきました。親の支援、地域の力と条件がそろっていました。
ただ、店舗が古く、700万の改装費用が必要になったぐらいです。

仕事が始まり順調にお客さんが来て返済も予定どおり。
順調な人生だ。なんの問題もない。
以前より給料は上がった。
嫌な気の合わない奴と無理に仕事をする必要はもうない。

お前は幸せだろう?
どこからか声がします。

幸せにはなれませんでした。

私の中で何かが狂い始めていた。

心と体。気持ちはイライラ。体重10kg増加してしまいました。
生まれて初めての経験です。
慣れないことに緊張していた日々が続いていました。
私の心に、この地で一生を終える決意をしてしまったと後悔が。
なんとも言えない降ろすことのできない荷物を背負い、まだまだ先のある自分のこれからにただ後悔していました。

そんな自分を変えたくって、変えたくって。
ただただ、もがいていました。

今の自分より上に上に上がりたくって。
読みもしない本をたくさん買いました。
やりもしない英語や簿記の教材を買いました。
自己啓発のセミナーを受けまくっていました。
何にもものにならず、湯水のようにお金を捨てました。
いったいいくら使ってたかもわからなくなりました。
事や、物で心を埋めても埋めても満たされませんでした。

ここで、はたと一大奮起
体重落とすのに成功したのです。半年かけて10kg減です。
すると、自分の自信を取り戻した感覚を得たのです。

心の本音が聞こえてきました。

私だって、
結婚したい。
子供だってやっぱりほしい。

今まで思ったことなかった。
いや、考えないようにしていた。

突然降ってきたかのようにそういう思いにかられたけど、思いついたのは結婚相談所。
半年で決めようと思い、申し込みました。

私はこの時 
「自分は人生でピークにいる状態で、結婚するにいい心の状態で素敵な容姿になった」
と、
すべての準備は整い、幸せになれると思いました。

しかし
結果
人を好きになって、子供ができて結婚するという私の方程式は成り立たず、

人を好きになって双子を授かって未婚で産むことになりました。

お腹に子供がいるとわかってすぐ、母親も他界しました。

さあ、どうしよう?
子供育てたことないから、2人ってどうすればいいのか?
対策を練り始める妊娠生活のはじまりです。
まず、仕事。
どうしよう?

「双子の妊娠 早産の危険有り」

法律では就業規則で産前産後は双子の妊娠は扱いが違います。
ですが、自分は自営で法律なんて関係ない。

やっぱり、普通1人なのに2人もお腹にいたら、お腹のふくろ破けるよ。
長い人だと、早産の兆候が出て、3か月寝たきりになる人も。
なるべく長く、おなかに子供がいてくれないといけない。

いそいで仕事から手を引く必要もあり,場合によっては薬局の売却をも考えないといけない。

神の助けか?
母親の火葬の日に働かせてくれと一人の薬剤師さんがお店で待っていてくれました。
この3年間、開業後募集しても誰もこなかった人材募集。
助かりました。これでなんとかなる。

出産予定1月4日です。37週で帝王切開まで今8月。
ゆっくり体を横にし、ゴロゴロ生活に突入していきました。

この妊娠生活が私に力をくれました。

妊娠中のよかったこと
・声掛け
・産後の対策をねった
・絵本の読み聞かせをした
・ファミリーサポートさん2人との出会い
・最強の助産師さんとの出会い

妊娠中の悪かったこと
・うまくいかなかった相手の男性とのことを考える時間がおおかった

不安で泣いてしまう日が続いていました。
食べすぎで、妊娠期間の増量は15kgまでなのに20kgもふえてしまいました。

無事に予定帝王切開にて出産
二人の女の子でした。
名前は大学の時お世話になった柔道の先生の茂雄のしげをとって「しげか」
亡き母の道をとって「みちる」

ずっとささえてくれた高校からの友人と一緒につけました。
私の育児の挑戦が始まります。

・母乳育児。7時起床、19時就寝。1日10回以上の授乳。
ほとんどおっぱいを出して過ごしていました。
・おむつ無し育児
やめろと色々言われましたが、2年間貫きました。

家族構成
結婚してない弟と、父親。
近所のおば、おじも参戦し、手伝ってもらいました。
仕事しなくてはならない時は、ファミサポに頼りました。
そして1歳から保育園へ子供を預けました。

自分の手で子供を1年間自宅で育てることができました。
色々な人の力を借りました。

子供達が2歳の時、NHKの特集に出ていた緒方貞子を見ました。
こんな人になってほしい。
娘に、緒方貞子さんのような人になってほしい。
その夢をかなえたい。
その親にふさわしい自分になりたい。
私の2つの夢がスタートしました。

#ミス健康美人東北☆自己推薦

これからの私の目指すもの

子供も成長してきまたした。もう小学生。今度プロフィールを更新するときは中学生でしょうか。

私はこのままでいいのか。
常に自問自答してます。
いいじゃん、そのままで。
そうだね。まっ、このままでいいか。
本当にそれでいいのか?と。
誰も自分のことなんて見ていない。
気にすることはない。
本当にそれでいいの ?と。
もう一人の自分が問いかけてます。

私は
嫌です。

やっぱり嫌です。

ちゃんとしたい。

まともでいたい。

頑張っていたい。

希望を失いたくない。

前を向いた人間でありたい。

ただそれだけですが日々奮闘し、もがいています。
子供にかぁさん最高っていってほしくて,日々模索し、生きています。